頑張るということ。
2009年 10月 07日
先日、“頑張る”ということについて
考える機会をいただきましたので
ここで皆さんにシェアさせていただきます。
目標に向かって頑張る、一生懸命に頑張る
…尊いことだと思います。
自分のカラダやココロを
最大限に活かして頑張るのは素敵なことだと思います。
でも、その頑張りにもバランスが大事…と思うのです。
その頑張りは、適度を越えていませんか?と。
適度なんて言ってたら、それは“頑張り”では無いのでは?
って、反論を受けるかもしれませんが…。
自分自身のカラダやココロを削って
だんだんと生気を失って
カラダもアタマもココロもどんどん固くなっていくのを
見て見ぬフリをしながら
(その時にはそうしてまで頑張ることが
絶対で、必要で、そうするしかないと
思えたりしますよね…)
頑張り続けてしまう。
私もずいぶんと昔になりますが
そんな頑張り方をしてしまっていた頃がありました。
頑張っていたこと自体は
自分の目標としていたものを上回るくらい達成できました。
でも、その頃にはすっかり私は
自分のカラダとココロのバランスを崩してしまい
身近な家族には毒を吐き
自分自身のカラダとココロにも大きなダメージを残し
その後、ずいぶん長い間
そのツケを払うことになりました。
ちなみに、そのときにそんな思いまでして
達成した成果は、今の自分に特別なものとしては
ほとんど何も残っていません。
達成して得たものよりも
眼には見えない失ったものの方が
よほど大きかったと、今ではハッキリわかります。
自分のカラダやココロ…魂を削ってまで頑張ることは
実際に前に進んでいるように見えても
それは本当の意味では前に進んでいるのでは無いと思います。
もし、それで目標に向かって前進できてるかのように見えたとしても
引き換えにどんどん自分の中の何かや
自分の大事にしているものが削れていってるならば
もし、その目標を達成出来ても
そこからどんな幸せを受け取ることが出来るのでしょう。
適度な頑張りは、頑張った分だけ
自分がしなやかに、ココロもカラダもやわらかく、あたたかく
そして、強くなっていくものだと思います。
度を超した頑張りは、頑張れば頑張るほど
ココロもカラダもアタマも固く
そして、冷たくなっていくものだと思います。
(筋肉のトレーニングとかとも似てるかもしれませんね。)
もし、今、とても何かを頑張っていて
でも、どこか、なにかオカシイと感じている方がいらっしゃったら
その頑張りは自分を
やわらかく、あたたかくしていっているか
固く、冷たくしていっているか
その頑張りを“やめる”ということを選択するエネルギーさえ残らなくなってしまう前に
少し立ち止まって見てみられてはいかがでしょうか。
もし、固く、冷たくなってきていると感じたならば
目標のためではなく、
自分自身のために、今、自分に何が出来るのかを
考えてあげてみてはいかがでしょうか。
そんなこと、逃げだ!とか
そんなに甘いことではいけないのでは?とか思えることでも
そのときの自分が“本音では”そうしたいと望んでいるのであれば、
そうしてあげることで、少しでも自分がやわらかく、
あたたかくなれるように感じることであれば、
そうしてあげることもいいかもしれません。
ついムキになってしまって
がむしゃらになりがちな
(でも、最近はそんなに頑張れるスタミナも無くなってきましたが。苦笑)
自分自身にも、しばしば、チェックするように
そういうことを問うたりしています。
考える機会をいただきましたので
ここで皆さんにシェアさせていただきます。
目標に向かって頑張る、一生懸命に頑張る
…尊いことだと思います。
自分のカラダやココロを
最大限に活かして頑張るのは素敵なことだと思います。
でも、その頑張りにもバランスが大事…と思うのです。
その頑張りは、適度を越えていませんか?と。
適度なんて言ってたら、それは“頑張り”では無いのでは?
って、反論を受けるかもしれませんが…。
自分自身のカラダやココロを削って
だんだんと生気を失って
カラダもアタマもココロもどんどん固くなっていくのを
見て見ぬフリをしながら
(その時にはそうしてまで頑張ることが
絶対で、必要で、そうするしかないと
思えたりしますよね…)
頑張り続けてしまう。
私もずいぶんと昔になりますが
そんな頑張り方をしてしまっていた頃がありました。
頑張っていたこと自体は
自分の目標としていたものを上回るくらい達成できました。
でも、その頃にはすっかり私は
自分のカラダとココロのバランスを崩してしまい
身近な家族には毒を吐き
自分自身のカラダとココロにも大きなダメージを残し
その後、ずいぶん長い間
そのツケを払うことになりました。
ちなみに、そのときにそんな思いまでして
達成した成果は、今の自分に特別なものとしては
ほとんど何も残っていません。
達成して得たものよりも
眼には見えない失ったものの方が
よほど大きかったと、今ではハッキリわかります。
自分のカラダやココロ…魂を削ってまで頑張ることは
実際に前に進んでいるように見えても
それは本当の意味では前に進んでいるのでは無いと思います。
もし、それで目標に向かって前進できてるかのように見えたとしても
引き換えにどんどん自分の中の何かや
自分の大事にしているものが削れていってるならば
もし、その目標を達成出来ても
そこからどんな幸せを受け取ることが出来るのでしょう。
適度な頑張りは、頑張った分だけ
自分がしなやかに、ココロもカラダもやわらかく、あたたかく
そして、強くなっていくものだと思います。
度を超した頑張りは、頑張れば頑張るほど
ココロもカラダもアタマも固く
そして、冷たくなっていくものだと思います。
(筋肉のトレーニングとかとも似てるかもしれませんね。)
もし、今、とても何かを頑張っていて
でも、どこか、なにかオカシイと感じている方がいらっしゃったら
その頑張りは自分を
やわらかく、あたたかくしていっているか
固く、冷たくしていっているか
その頑張りを“やめる”ということを選択するエネルギーさえ残らなくなってしまう前に
少し立ち止まって見てみられてはいかがでしょうか。
もし、固く、冷たくなってきていると感じたならば
目標のためではなく、
自分自身のために、今、自分に何が出来るのかを
考えてあげてみてはいかがでしょうか。
そんなこと、逃げだ!とか
そんなに甘いことではいけないのでは?とか思えることでも
そのときの自分が“本音では”そうしたいと望んでいるのであれば、
そうしてあげることで、少しでも自分がやわらかく、
あたたかくなれるように感じることであれば、
そうしてあげることもいいかもしれません。
ついムキになってしまって
がむしゃらになりがちな
(でも、最近はそんなに頑張れるスタミナも無くなってきましたが。苦笑)
自分自身にも、しばしば、チェックするように
そういうことを問うたりしています。
# by kco1111 | 2009-10-07 00:08 | Trackback | Comments(1)

